白鯨

本作品はイシュメルと名乗る主人公が語る、悲運の捕鯨船の乗組員として白いマッコウクジラ「モービー・ディック」を巡る数奇な体験談の形式をとる。本書のかなりの部分は小説よりも鯨に関する科学的な叙述や、作者が捕鯨船に乗船して体験した捕鯨技術の描写に費やされ、当時の捕鯨に関する生きた資料となっている。
この作品は象徴性に富み、モービー・ディックは悪の象徴、エイハブ船長は多種多様な人種を統率した人間の善の象徴、作品の背後にある広大な海を人生に例えるのが一般的な解釈だが、サマセット・モームは逆に、全身が純白で大自然の中に生きるモービィ・ディックこそが善であり、憎しみに駆られるエイハブが悪の象徴であると解釈している[1]。イシュメルやエイハブという人名は聖書から取られている。
なお本作の白鯨は全身が白く、アルビノと思われがちだが、新潮文庫の田中西二郎訳『白鯨』(上)では「いちめんに同じ屍衣(きょうかたびら。死装束)色の縞や斑点や模様がある」との記述から、アルビノではなく、全身が白いわけでもないことが分かる。
19世紀のアメリカ東部の捕鯨基地・ナンタケットにやってきたイシュメルは、旅籠で知り合った南太平洋出身の巨漢の銛打ち・クイークェグとともに捕鯨船ピークォド号に乗り込むことになった。やがて現れた船長のエイハブは、かつてモービー・ディックと渾名される白いマッコウクジラに片足を食いちぎられて鯨骨製の義足を装着していた。片足を奪った「白鯨」に対するエイハブ船長の復讐心は、今やモービー・ディックを完全な悪魔とみなすまでの狂気となっていた。エイハブ船長を諌める冷静な一等航海士スターバック、陽気な三等航海士フラスク、黒人の銛打ちダグーやクイークェグなど、多様な人種からなる乗組員たちはエイハブの狂気に感化され白鯨に対する報復を誓う。数年にわたる捜索の末、遂にピークォド号は日本近海の太平洋でモービー・ディックを発見・追跡するが、壮絶な死闘の末にエイハブは白鯨に海底に引きずり込まれ、ピークォド号も沈没して乗組員全員が死亡するに至る。ひとり主人公のみは漂流の末に他の捕鯨船に救い上げられる。